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about a manner

ちょっと何言ってるかよくわかりません

Alexander McQueenについて



 

 

 

 

2017年2月11日はAlexander McQueenの7回忌だった。

 

 

 

 

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大学一年生の春休みにロンドンに1か月ほど滞在したのだが、頭上には重苦しい鈍色の雲がいつもあって「憂鬱になるにはもってこいの土地だな」と思った。北海道ほどではないが朝方と夜は特に冷えこみ、時折雪が降った。うっすらと白く覆われたハイドパークをリスが軽快に駆け抜けていったことを今でも鮮明に覚えている。

 

ロンドンの気温は今8度らしい。寒さは人を必要以上にセンチメンタルにするものだ。彼の自死はメディアが報じた事実が背景として確実にあったのだろうけど、もっと漠然とやってきてしまったのではないだろうか。そんな風に思ったりもする。

当時の雑誌で確かカール・ラガーフェルドが「彼は死と戯れすぎた」とコメントしていた。孤独を愛すことが出来る貴族、さすがだ。

 

 

 一度、彼とUNDER COVERをパンク的手法から比較したものを書いたんだけど、読み返したら笑えるほどひどい内容だったので書き直すことにした。

 

 

 

 

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アレキサンダー・マックイーン

モード史に燦然と輝くマニエリスト。綺想異風派テーラー。種村季弘が存命だったらきっと彼をそう評したに違いない。
 
 

" I'm a romantic shizophrenic...I've always been very sensitive, very romantic,

but not everyone has seen that. " 

 

 

老獪さと幼稚さが奇妙に同居する彼の<恫喝>に対する嫌悪や罵声は、彼の正当なキャリアとその超絶技巧によって悉く捩伏せられる。
服装史、モード史の引用とメタファー。テクスチャーとカラーの激しいコントラスト。ローテクとハイテクの混淆。偏執的なモチーフのリピート。端正に引き伸ばされたプロポーション。意図的で無目的的な歪曲。
彼のコレクションは迷宮然としている。あらゆる手法を用いて彼は人間の本能を秘匿し、同時に暴露する。 
 
 当時の雑誌を繙いてみると、ファッション・ジャーナリストたちは彼を異端児、アンファン・テリブル、パンクと呼び、コレクションをダーク・ファンタジー、毒々しい、ロマンティック、ゴシック...と評している。
これらの表現は彼が敬愛して止まなかったエドガー・アラン・ポーの世界観そのものだ。だが、もし彼がポーの本質的な部分について理解しかつ共感していたとするならば、大げさに言えばポー的なメンタリティの持ち主だったとしたら、これらの評価はあまりに表面的過ぎると言わざるを得ない。
 
 
ポーは「詩作の哲学」(1846年)、および「詩の原理」(1848年)で自らの詩の概念を明示している。そこで主張されていることは大きく2点に集約できる。
ひとつは詩は美との関係によってのみ考案されるべきこと。そして詩的言語は特定の効果が最も発揮されるように選択、編集されることが重要であること。つまり、詩は論理的(THEoritical)に構成された劇場(THEatre)に舞い降りる美学(esTHEtics)である。

 

迷宮としての世界(下)――マニエリスム美術 (岩波文庫)

迷宮としての世界(下)――マニエリスム美術 (岩波文庫)

 

 

ポー詩集―対訳 (岩波文庫―アメリカ詩人選)

ポー詩集―対訳 (岩波文庫―アメリカ詩人選)

 

 

 

 
碩学ワイリー・サイファーは『文学とテクノロジー』においてこのクールなアプローチを「効果の美学」と呼んでいる。この概念を欠いて彼のコレクションを眺めて出てくる素朴な感想が先に挙げた類のものではないだろうか。これらの語彙だけではブランドのアイコンだったコンケーブドショルダーに対して、如何なる注釈を加えることもできないだろう。
 
彼が周到に仕込んだ一切は有機的に関係づけられ、そして一途に特定の効果、表現に捧げられている。だから一つ一つの要素を切り分け、取り出して列挙する(ラベリングする)だけでは矛盾、それがもたらす不快感、違和感…だけが露わになる。いつまでも怪物の住む迷宮の中心部に辿り着くことができない。
 
 
パンクの影響と同時に新しい高度なクラフトマンシップを盛り込んだ・・・過去に対するリスペクトと未来に対する情熱。自分が育ったイーストエンドのダークサイドと地下のギャングスターライフスタイルが魅了するもの・・・そうした二つの間のコール&レスポンスのリズムがマックイーンのコレクションをかたちづくった」(Fashion News vol.156、P45、ティム・ブランクスによる記事の翻訳、引用)
 
 
ポーが言語によって世界を分節し、詩的空間においてとして再統合しようとする身振りと、マックイーンがカッティングによって身体を切断し、ランウェイ上で人間をイリュージョンとして構築しようとする身振りは蓋しパラレルな関係にある。イリュージョンの効果を最大限高めるために彼は劇的な明暗対比を好んで用いたのだった。
 
またポーは<効果の統一性>を保つために短編小説を勧めているが、マックイーンの場合はファッションショーやMVと言ったフォーマットが対応している。瞬間的な爆発力で右に出るデザイナーはいなかったし、これからも現れない
 
  
文学とテクノロジー (高山宏セレクション〈異貌の人文学〉)

文学とテクノロジー (高山宏セレクション〈異貌の人文学〉)

 

 


 

 
 
 
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彼の発言を追っていく中で意外なことに気づいた。スキャンダラスな私生活や暴言ばかりのインタビューとは対照的に、シグニチャーブランドと GIVENCHYのデザイナーとを兼任していた多忙の時期においても、コレクションに対するネガティヴな発言はほとんど見当たらない。もう畏怖の念しか浮かんで来ない。
 
  
個人的には2006AWと2007SSが印象に残っている。難しいことはどうでもいいから誰にも見せず部屋に飾っておきたい。
 



 

彼がどの程度伝統的なテーラリングやドレス、衣装の知識を持ち、実践できたかについては正直わからない。同時代に活躍したジョン・ガリアーノと比較すると細部への偏執的な傾向は見て取れるが、アトリエワークである以上、実情は不確かなままだ。

 
コレクションを通時的に鑑賞すると、GIVENCHY以後は一層細密な表現へと進化していくことに気づかされる。取り扱いの難しい薄地の素材や副資材がふんだんに使われた華やかなドレスルックがコレクションの中心に据えられるうになる。実際、インタビューでも「GIVENCHYのアトリエで真のフェミニティの表現技法を学んだ」と述べている。
 
 
効果主義的な立場に立てば、テーラリングとクチュールという二つの伝統を融合させたマックイーンの手法manieraが完成を見た1999 ss collection  " No.13 "が最初の集大成と言える。2010 ss collectionまでは" No.13 "の変奏だとさえ言えそう。
彼はシュルレアリスムの有名すぎるステートメント、「手術台の上の蝙蝠傘とミシンの出会い」を伝統的なファッションのカテゴリーと方法に依拠して実践しようとしたのだった。
 
" No.13 " は、ターンテーブルに乗せられた、真っ白のクリノリンドレスを着用したモデルが両脇に配置された機械からスプレー噴射を受けるという、当時としては相当ブッ飛んだ演出をフィナーレで行ったことで非常に有名なコレクション。
ひとつひとつのルックを子細に見るとサビルロー仕込みの立体性、堅さクチュリエ仕込みの平面表現、柔らかさのそれぞれが洗練され、対立させられ、辛うじて調和が保たれていることに気づかされる。ルックが爆発的に凝固している。単体のルックだけでなく、コレクションの幅がこれ以降一気に広がった。
 
 
余談だが、彼のコレクションは(メンズファッションにありがちな)スノッブに陥った技巧主義、ナルシシズムに毒された韜晦主義とは区別したい。ready-to-wear形式での発表への固執の意味は極めてシリアスだったと思う。彼がオートクチュールのデザインも手掛けていたら、今でも創作を続けていたかもしれない。
 
 

1999 ss collection  " No.13 "
 
 
" I want to be a purvayor of a certain silhouette or a way of cutting,
so that when i'm dead and gone people will know that the twenty-first century 
was started by Alexander McQueen. "
 
" It is important to look at death because it is a part of life. It is a sad thing, melancholic,
but romantic at the same time. it is the end of a cycle - everything has to end.
The cycle of life is positive because it gives room for new things. "
 
 
 
 
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極点としてのコレクションは、彼の活動をまとめたDVD「The legacy of Alexander McQueen」でも中心的に取り上げられている2009-10 aw collection " The Horn of Plenty " だろう。
彼自身による回顧展と言った体で、過去のコレクションへの注釈であり、かつモード史全体への批判でもあった。いかにもポー的ないやらしい構成だ。
 
  

2009-10 aw collection  " The Horn of Plenty "
 
 
Kristin Know編纂の" Alexander McQueen - genius of a generation "の表紙にもこのコレクションのルックNo.39、50年代のBALENCIAGAのパロディのドレスがいみじくも選ばれている。
 
このコレクションではPoiret、Dior、Chanel、Valentinoなどを引用しているが、GIVENCHYの育ての親であり、鋏の魔術師と呼ばれたCristbal Balenciagaへの共感、尊敬は一層強かったのではないかと推測している。というのも、バレンシアガは黒服をモードとした、あの神経症的で偏屈な引きこもりの皇帝、フェリペ二世以後のスペイン絵画に多大な影響を受けているのだ。
手manusと精神Geist。マックイーンは同じ土星に生まれたバレンシアガに谺を返した、と言えば言い過ぎだろうか。
 
 メンタリティの系譜はいつでも眉唾ものだが、マックイーンが得意とするボリュームのあるシルエット、ミケランジェロが最も優美grazieであるとした、燃え上がる炎を模したフランボワイヤンflamboyantのシルエット、「ほどよい」エキゾチズム、キリスト教的なモチーフとその解釈、ヘッドピース…はバレンシアガから影響を受けているように思う。
 

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Alexander McQueen " The Horn Of Plenty "  LOOK No.39

 

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Cristbal Balenciaga 1950年代の" Balloon Dress "
 

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Alexander McQueenの同コレクションLOOK No.14

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Cristbal Balenciagaによる1967年製作のケープ
 
 
 
 
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2010 ss collection  " Plato's Animals "

 

あくなき効果の追求がマックイーンをアナログ(近代的なモード)とデジタル(ポスト・モード)との統合に向かわせることになる。だが追悼号の『FASHION NEWS』(vol. 156)では、意欲的な2010 ss collection「Plato's Animals」に対して大変興味深い評価がされている。

 
 
「マックイーンによる「進化論」とも言えるコレクションは、彼ならではのダイナミズムを感じさせるものの、一抹の閉塞感を垣間見たような気がしてならない。」(P.23)
 
 
2009 ss collection「Natural Distinction」から「The Horn Of Plenty」、そして「Plato's Animal」という一連の不安定な流れ。
最後のコレクションである2010-11 aw collectionが再びスコットランド史にフォーカスした、クチュール要素の色濃い路線へと再転向したことを鑑みると、この批評は核心に迫っている、のかもしれない。
今でも最後のコレクションだけは切な過ぎてあまり見る気になれない。
 
 

   

 
 
 
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逆説的に聞こえるかもしれないが、マックイーンは真に革新的なファッションデザイナーとは言えないと思う。
 
1980年代に他の文化と同様にモードも「枯渇」したが、そのブレイクスルーの欲求の高まりに呼応するように既存の意味/方法の体系が緩み、極限まで洗練された表現が求められた、そういう時代の要求に対していち早く答えることができたのがマックイーンだったのではないでしょうか。そういう意味において、唯一無二のデザイナー、アヴァンギャルドな存在だったと言える。
 
彼のコメントから明らかなように、彼は伝統にどう向き合うかということに対して非常に意識的だった。
端的に彼をラベリングするならば、1825年から始まる既製服の歴史によって培われた技術、意味、体系を冷徹に見極め、体得し、自在に操作してあらゆるものを表現した、モードを完成させた偉大なデザイナー。
 
 
マックイーンの死は200年間続く近代的なモードの限界点。
既存のモードが新しいフェーズに入っていく時、改めて彼のキャリアと偉大な功績、そして晩年の野心に満ちた試みの重大な価値が注目されることを確信しています。
 
 
 
" You' ve got to know the rules to break them. That's what i'm here for, to demolish
the rules to keep the tradition. "
 
" I spent a long time learning how to construct clothes, which is important to do 
before you can deconstruct them. "

 

 

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