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about a manner

ちょっと何言ってるかよくわかりません

ざっくりファッションしかん

アイザック・ニュートンは『光学』(1704年)で光と色についての新しい研究結果についてまとめている。中学校の理科の授業で「プリズム板を使った分光実験」が取り上げられるが、これはこの著書の中ではじめて科学的に記述された。

 

ニュートンが発見した光の原理は思わぬジャンルで影響を及ぼすことになる。絵画、そして言語。どの洋書を読んだのか失念してしまったが、彼が色の原理を発見/言語化したことで世界像world pictureの表現の解像度が上がり、極めて豊かな描写表現が可能になった、らしい。

 

画家は光と闇のキアロスクーロとグラデーション表現に応用し(18世紀以前のイギリス出身の画家の名前を5名挙げることができる人は相当の美術オタクだろう)、物書きは科学技術革命と大航海時代がもたらした毎日のように目にする見慣れない色に次々と新しい名前を与えた。実際、「色名」を示す英語の語彙は18世紀後半以降、爆発的に増加したのだった。

 

差異の原理が明らかにされ、差異が差異として認識され、それが新しくかつ希少なのでより価値があるという一つの強固な尺度が作られていく。

 

 

 

 

私はファッションの歴史を振り返る時、個別のデザイナーの感性によって時代を色分けすることを得意としない、というかよしとしない。ぶっちゃけ興味ないし、何がゼロ年代だよ騙しやがってとかたまに思っちやったりする。

敢えて図式化しようとする時には何らかの意図があるわけだが、個別の特殊な先天的要素を原因あるいは結果と仮定して体系化することはあまりに権威的で、また互換性を欠くので発展可能性がない。C.F.WorthやChanelの伝記だけが生まれる。

また、ファッションがファッションたる所以はその方法論にこそあれと思うので、<デザイナーの感性の在り方>よりも<感性をどのような表現方法でファッションとして具体化したのか>という点に興味がある。

もっとラディカルにいうと人間の感性は内在しない。一切の感性は外的刺激によって開発される。プリズム板のような技術(メディア)によってパラダイムシフトはいつでも引き起こされる。

 

 

一六世紀文化革命 1

一六世紀文化革命 1

 

 

 

そういう視点でファッション史を振り返るときのターニングポイントは数少ないのでここで一気に書き出してしまう。

 

 

1825年

世界初の既製服店「La Belle Jardiniere」が開業

(生産面のモダニズムの幕開け。ミシンの実用化と輪転機の発明による「職人新聞」のパターンメイキング講座)

 

1852年

世界初の百貨店「Au Bon Marche」が開業

(流通小売面のモダニズムの幕開け。ファッションの社会化)

 

1858年

世界初のオートクチュールメゾン「 Chales Frederick Worth」が開業

(モードの幕開け。モードの権威化。ファッションショー、ネームタグ他)

 

1900年初頭

コルセットの消滅

(モードによるモダニズムの推進。ポール・ポワレはバレエ・リュス、フォルチュニティは古代ギリシア文化、つまり<異-論理>が現在的なファッションの道を切り開いている)

 

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1910年代

ポワレによる香水販売

シャネルのジャージードレス、ジップの使用

モダニズムの拡大、モードの拡大)

 

1920年

ヴィオネのバイアス・カット

(ファッション表現の拡大)

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1930年代

バレンシアガの「引用」

(ファッション表現の拡大。17世紀スペイン絵画、キリスト教の法衣など自らの歴史が引用対象に)

ナイロンとポリウレタンの発明

(ポスト・モダンの原料)

 

1960年代

イヴ・サンローランプレタポルテ(高級婦人服)のブティックが開業

イヴ・サンローランの「引用」

クレージュの宇宙服

ソニア・リキエルのニット

(モードが全面的なモダニズムへ。宇宙、ジェンダーなどあらゆる意味内容は歴史から引き剥がされ、引用対象に)

 

1980年代

ゴルチェの「引用」

(モードがモダニズムの袋小路へ)

ギャルソン、ヨウジの黒色

(モードがインテグラルへ)

 

1990年代

ギャルソン、マルジェラ、チャラヤン、V&Rのコンセプチュアリズム

(以下略)

ISSEY MIYAKEのA-POC

(ダブルラッセル編機+デジタルによるカッティング概念の縮減、ポスト・モダンのはじまり)

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2000年代

マックイーン

(神。天才神話とモダンなモードの終焉)

エディ

(陽気な殺し屋。ファッション界のウォーホル。スキニーデニムの自販機を各地に設置)

ユニクロ

(以下略) 

アンリアレイジ

(がんばれ)

 

これで近代以降のファッション史の90%はカバーできていると思う。

 

 

 

 

 

この先、21世紀において何がファッションとして存在できるのか?が本題だったんだけど、時間がきたからこれで終わります。

布帛(カッティング、テーラリング)→ニット→ダブルラッセル編機+デジタル / 無縫製ニット→3Dプリンタと展開していく予定だった。

 

簡潔に言うと、1825年の既製服の産業化からマックイーン以前のモードを頂とするファッションは「布帛製品を最も重要な素材として、裁断、縫製、アイロンワークによって衣服を製作すること」をルールとして発展してきた。この転換期に今差し掛かっている。

 

先の歴史から溢れる10%以下とは、非常にディープでマニアックな世界のファッションのことであるが(ピッティを想像してもらいたい)、近代以降のファッションの定義が書き換えられようとしている今、多かれ少なかれ私たちがなんとなくモードと呼んだり、ファッションと呼んだりするものはこの種の狭義のファッションと同じ傾向を帯びるだろう。

つまりファッションは工芸的、様式的、文化資本的になる。規模は縮小するが歴史性と希少性が相変わらず権力の担保として機能する。日本人にとっての着物のようなものになる。

 

あのゴルチェとあのV&Rがオートクチュールに絞り込んだ真の重大さに気づいているメディアは少ないように見える(か、ひた隠しにしている。え、メゾン・マルジェラ?)。

古典的なモードと3Dプリンタとの融和の仕方はすでにシャネルがオートクチュールにおいて示した通り。あれが全てではないか。限界値がイリス・ヴァン・ヘルペンの一部のコレクション。

 

 

因みにテクノロジーが浸透しなくてもファッションは工芸的になると予想しています。縫製工場、生地屋問わず、熟練した技術を持つ職人は高齢で、後継者が少ないからです。

大手の工房に技術と資本は集約され、あるものは完全に忘れさられ、復元できなくなるだろう。

 

 

マスにおいてはモダンなファッションが流通しなくなる、或いは上記のように限定的に流通する。例えば冠婚葬祭や公的な行事と言った慣習に強く紐付いた場では布帛が暗黙裡に義務付けられるのではないだろうか。

10年後に(5年前に誰がiPhoneを持っていただろう?)、3Dプリンタによるポスト・モダニズムなファッションを「大企業」が一気に普及させるだろう。そこには精緻なカッティングとテーラリングとパターンメイキングが存在しない。

 

3Dプリンタの普及による自家発服というSFのワンシーンのような話はよく聞くが、製造コストが足かせに、また効率と品質の問題から実現できないのではないか。ユートピア的CtoCはオタクの域を出ないと見ている。実際、この数年に類似のオンラインサービスがいくつかローンチされたが、その後の趨勢を全く聞かない。

 

個人的に気になることは、樹脂特有のタッチが少し気持ち悪いこと。ぬめり、ハリ、反発感がどうも苦手。

それから通気性の悪さは温暖化の進む日本では致命的。具体化の段階において必ず障壁になると思われる。暑くて蒸れたら脱げばいいのだが、妙にプルプルする服を小脇に抱えるのはためらってしまいそう…